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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)2070号 判決 1956年5月31日

原告 小林金造 外三名

被告 国

主文

被告は原告小林金造、同小林たつこに対しそれぞれ金三十九万六千二百八十五円およびこれに対する昭和二十八年十一月十三日以降右完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと。

被告は原告千葉種蔵、同千葉リサに対しそれぞれ金三十万八千四百九十五円およびこれに対する昭和二十八年十一月十三日以降右完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと。

原告等四名のその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担、その余を原告等四名の平等負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告は原告小林金造、小林たつこ、千葉種蔵、千葉リサに対し各金七十五万円およびこれに対する昭和二十八年十一月十三日以降各右完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと、訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求める旨申し立て、その請求原因として

(一)  訴外小林金輝および千葉善四郎は訴外ロバート・エム・ウオーシントン(以下、単にウオーシントンと呼ぶ。)の過失によつて死亡した、その事故発生の情況はおおむねつぎのとおりである。

(1)  訴外小林金輝および千葉善四郎は昭和二十八年十一月十二日午前十一時五十分頃横浜市鶴見区生麦町千七百五十二番地先の京浜第二国道において訴外米国軍人ジョセフ・エム・マクドナルド(以下、単にマクドナルドと呼ぶ。)の運転するトレーラーに轢かれ小林は空腸穿孔破砕左右腎破裂、腎出血恥骨脊椎骨(第十から第十二まで)骨折腹膜外出血の傷を受け翌十三日午前六時五分頃済生会神奈川県病院において死亡し、千葉は顔面骨、左頸骨、両側肋骨、左腸骨骨折左肺穿破破裂胸腹控内出血の傷を受けその場において即死した。

(2)  右事故現場は横浜市鶴見区岸谷方面から同区飯山方面へ通じる道路が第二京浜国道と交叉しているところであり、その附近で第二京浜国道は東京方面から横浜方面へ向い約三度の下り勾配で、右方(西側)へ約百六十度のカーブを示しており、また右道路は中央部分が幅員約十一米の車道で、その両側に幅員一米の植樹蕾(周囲をセメントで囲い車道から稍高くしたもの)を距て幅員四米の緩行車道があり、更にその外備が幅員二米の歩道となつている。右京浜国道は自動車の往来が相当頻繁で、右交叉点を挾んで約三百米の間は特に追越禁止区間と指定され、右指定を示すため車道中央に白線一本、その両側に黄線各一本が明瞭に引いてある。

(3)  前記日時頃小林金輝および千葉善四郎はそれぞれ自転車に乗り、横浜市鶴見区岸谷方面から同区飯山方面へ通じる道路を飯山方面へ向つて進み、前記(2)の交叉点まできたが、第二京浜国道に自動車の往来があつたので、右往来が空くまでと思つて、右国道の左側(東京方面から横浜方面へ向つて)にある前記植樹帯から横浜寄りの附近に止まり、それぞれ自転車に跨つたまま並んで待避していた。丁度その頃マクドナルドは米駐留軍用E七三二号六トン積トラツクにE四一五号四十呎トレラーを牽引し、第二京浜国道の中央車道の左側を、東京方面から横浜方面へ向け、時速二十七粁(十八哩)にて進行し、前記交叉点附近にさしかかつたのであるが、右マクドナルドの車輛の後方を、ウオーシントンが米駐留軍用USAF四九二一一六号五トン積トラツクにF二燃料補給車およびA―三型燃料補給車を牽引し、同じく東京方面から横浜方面へ向け、時速三十八粁(二十四哩)にて進行してきた。しかしてウオーシントンは前記交叉点の手前において、右マクドナルドの車輛の右側(すなわち車道中央寄り)を通つて、右車輛を追い越そうと考え、自己の運転するトラツクをマクドナルドの車輛の右側に進め、ついでその前方へ出ようとしたところ、前方から手前へ来る自動車を発見し、右自動車を避けるため、慢然マクドナルドの自動車の前方へ出られるものと速断し、把手を左に切つたため、自己の運転する最後尾のA―三型燃料補給車の左車輪をマクドナルドの運転する六トン積トラツクの右前車輪およびフエンダー附近に衝突させてしまつた。このためマクドナルドは、前記交叉点のすぐ前附近において、把手を左にとられ、同人の運転するトラツクは、そのまま左斜めに走り、国道左側の植樹帯を乗り越え、右待避中の小林金輝および千葉善四郎に衝突し、前記(1)の結果を惹起させたのである。

(4)  右の経過によれば、ウオーシントンには運転上の過失がある。何故なら、右交叉点附近は明らかに追越禁止区間に指定されているのであるから、同所を進行する自動車の運転手たる者は、追越には事故発生の危険を伴うことに気付き、追越をやめるべきであり、仮りに追い越す場合でも、前方から手前へ進行してくる自動車の有無、先行自動車の速度、自己の運転する自動車との間隔等に注意し、事故の発生を防止すべきであるのに、ウオーシントンは慢然無事に追越ができるものと速断し、追越禁止を犯し、前記の行動にでたところ、マクドナルドの車輛に衝突してしまつたからである。

(二)  右事故当時、ウオーシントンは米軍立川航空基地第六四〇〇運輸大隊空軍技術軍曹であつて、公用令書を所持しており、公務執行中であつたから、ウオーシントンの右過失ある行為によつて生じた損害は「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定」第十八条第三項により被告が賠償すべきであるが、その損害額はつぎのとおりである。

(1)  訴外小林金輝の死亡によつて生じた分

(イ)  事故当時、小林金輝は横浜市鶴見区鶴見町九百九十九番地新聞販売店黒沢辰之助方に店員として勤め、一ヶ月平均金一万五千円の収入を得、生活費は一ヶ月平均金五千円であつたから、収入から生活費を差し引いた純収入は一ヶ月金一万円、一ヶ年にて金十二万円であつた。しかして、小林金輝は昭和七年八月二十九日生で、事故当時満二十一歳の普通健康体の男子であつたから、その平均余命は四十年であり、その間は同じように働くことができた筈である。そこで右期間中に同人の得べかりし利益をホフマン式計算法により、年五分の中間利息を差し引いて算出すれば、金二百五十九万七千百円余であるから、小林金輝は同額の損害を蒙つたものとして、被告に対し右の支払を求め得べきところ、原告小林金造、同小林たつこは相続人として右債権の各半額宛を相続した。

(ロ)  原告小林金造は新潟中頸城郡板倉村村議会の議員にして上越菓子工業協同組合専務理事であり、原告小林たつ子は金造の妻であるが、両名は金輝を膝下において訓育し、同人が成長し新潟県立高田農業高等学校を卒業後は多大の希望を托して同人を上京させ、将来実業人として成功することを大いに期待していた矢先、本件事故が発生したのであるから、原告両名の受けた精神的苦痛は計り知れないものであるが、その慰藉料として各金二十万円宛を請求する。

(2)  訴外千葉善四郎の死亡によつて生じた分

(イ)  事故当時、千葉善四郎は前記黒沢辰之助方に店員として勤め、一ヶ月平均金一万二千円の収入を得、生活費は一ヶ月平均金五千円であつたから、収入から生活費を差し引いた純収入は一ヶ月金七千円、一ヶ年にて金八万四千円であつた。しかして、千葉善四郎は昭和九年五月十八日生で、事故当時満十九歳の普通健康体の男子であつたから、その平均余命は四十一年であり、その間は同じように働くことができた筈である。そこで右期間中に同人の得べかりし利益をホフマン式計算法により、年五分の中間利息を差し引いて算出すれば金百八十四万五千五百円余であるから、千葉善四郎は同額の損害を蒙つたものとして、被告に対し右の支払を求め得べきところ、原告千葉種蔵、同千葉リサは相続人として右債権の各半額宛を相続した。

(ロ)  原告千葉種蔵は肩書住所地において質実に農業を営み、原告千葉リサは種蔵の妻であるが、両名は六男である千葉善四郎を膝下において訓育し、同人が成長するや苦しい家計の中から岩手県立沼宮内高等学校を卒業させ、更に多大の希望を托して上京させ、将来の成功を大いに期待していた矢先、本件事故が発生したのであるから、原告両名の受けた精神的苦痛は計り知れないものであるが、その慰藉料として各金二十万円宛を請求する。

(三)  よつて原告小林金造、同小林たつこは各前記(二)(1)の(イ)により請求し得べき金百二十九万八千五百五十円から、被告のいうごとく原告両名が労働者災害補償保険遺族補償費として被告からそれぞれ支払を受けた金二十三万八千六十五円を差し引いた金百六万四百八十五円のうち金六十五万円宛と各前記(二)(1)の(ロ)により請求し得べき金二十万円のうち金十万円宛との合計金七十五万円宛、また原告千葉種蔵、同千葉リサは各前記(二)(2)の(イ)により請求し得べき金九十二万二千七百五十円から、被告のいうごとく原告両名が前記遺族補償費として被告からそれぞれ支払を受けた金十七万六千五百二十円を差し引いた金七十四万六千二百三十円のうち金六十五万円宛と各前記(二)(2)の(ロ)より請求し得べき金二十万円のうち金十万円宛との合計金七十五万円宛、および右各金員に対する、本件事故発生の翌日である昭和二十八年十一月十三日以降右完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を被告に対して求めると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告等の請求は何れも棄却するとの判決を求め、答弁として

原告主張の(一)の事実中、(1)、(2)および(3)の事実はすべて認めるが訴外ロバート・エム・ウオーシントンに過失があるとの点は否認する。

原告主張(二)の事実中、本件事故当時ウオーシントンが原告主張のごとき身分を有し、公務執行中であつたこと、訴外小林金輝および千葉善四郎が原告主張の日に生れ、事故当時黒沢方に雇われていたことおよび相続に関する事実は認めるが、その余は否認する。仮りにウオーシントンに過失があつたとしても、原告等が被告に請求し得べき損害額は原告の主張と異る。すなわち

原告主張の(二)(1)の(イ)中、小林金輝の平均賃金は一ヶ月金一万四千六百六十三円、同人の生活費は少くとも収入の七割として金一万二百六十四円であり、稼働可能期間は約三十五年であるから、右を基礎として、ホフマン式計算法により中間利息金七十九万六千百六十九円を差し引き、得べかりし利益を算出すれば金百五万千三百九十一円であり

原告主張の(二)(2)の(イ)中、千葉善四郎の平均賃金は一ヶ月金一万七百三十八円、同人の生活費は少くとも収入の七割として金七千五百十七円であり、稼働可能期間は約三十六年であるから、右を基礎として、ホフマン式計算法により中間利息金六十万七千九百十円を差し引き、得べかりし利益を算出すれば金七十八万三千七百七十三円であると述べ、

抗弁として、昭和二十九年中に、前記両名の死亡により横浜労働基準監督署長より労働者災害補償保険遺族補償費として、原告小林金造、同小林たつこは各金二十三万八千六十五円宛、原告千葉種蔵、同千葉リサは各金十七万六千五百二十円宛の給付を受けているから、右金員は本訴における原告等の損害賠償請求額から控除されるべきであると述べた。(立証省略)

理由

まず、訴外ロバート・エム・ウオーシントンの過失の点について考える。原告主張の(一)の(1)、(2)および(3)の事実は当事者間に争なく、検証の結果および証人本山周一の証言を綜合すれば、本件事故当時、右事故のあつた交叉点から約六十五米東京に寄つた第二京浜国道上の左右の植樹帯に、追越禁止の標識が立つていたことが認められる。およそ自動車の運転手たる者が自動車の運転中、事故の発生を防止すべき義務があることはいうまでもない。前記認定のように、右交叉点附近の第二京浜国道には、路面に白線と黄線とが引いてあり、また追越禁止の標識が立つていたのであるから、訴外ウオーシントンとしては、当然右追越禁止区間であることに気付き、右指示に従つて追越をやめるべきであつたのに、右禁止を犯して、先行車であるマクドナルドの自動車を追い越そうとしたのであるから、この点において少くともウオーシントンに過失があるといわなければならない。また一旦追越にかかつた以上、ウオーシントンとしては、万全の注意を払い、追越に伴つて発生することのある先行車との衝突その他一切の事故を防止すべき義務があるのに、マクドナルドのトラツクを追い越そうとして右トラツクの右側まで出、ついで前方へ出ようとしたところ、前方から手前へ進んできた自動車を発見し、右自動車を避けるにはマクドナルドのトラツクの前へ出るのがよいと考え、また慢然前へ出られるものと速断し、把手を左へ切つたところ、前記認定のようにマクドナルドのトラツクと衝突したというのであるから、この点においても亦ウオーシントンに運転上の過失があるものといわなければならない。そうして右衝突によりマクドナルドが把手を左にとられ、同人のトラツクがそのまま左斜めに走り、小林金輝および千葉善四郎を轢き、よつて同人等を死にいたらしめたのであるから、右両名の死亡は訴外ウオーシントンの過失によつて生じたものというほかない。

右事故当時、ウオーシントンが米軍立川航空基地第六四〇〇運輸大隊空軍技術軍曹であつて、公用令書を所持しており、公務執行中であつたことは当事者間に争ない。

そこで以下、原告等が被告に対し支払を求め得べき金額を考える。

(一)  原告小林金造、同小林たつこの分

当裁判所は成立に争ない乙第一号証の一、証人日高甚次郎の証言を綜合し、小林金輝が本件事故当時黒沢辰之助方にて得ていた一ヶ月の平均収入は一万五千円と認定する。同人の生活費は収入の七割とみるのが相当であるから、一ヶ月の純収入は金四千五百円、年間金五万四千円である。また同人が昭和七年八月二十九日生であることは当事者間に争なく、証人日高甚次郎の証言と原告本人小林金造の陳述によれば、小林金輝が事故当時普通健康体であつたことが認められ、同人の稼働可能年数がなお四十年あることは当裁判所に顕著な事実である。よつて小林金輝が事故後四十年間に、若し右事実がなかつたら得べかりし純収入を、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を差し引いて計算すれば、合計金百十六万八千七百一円余となることは算数上明らかであるから、同人は同額の損害を蒙つたことになる。しかして原告小林金造、同小林たつこが平等の割合で右小林金輝の債権を相続したことは当事者間に争ないから、右原告両名はそれぞれ、被告に対する金五十八万四千三百五十円の債権を取得したことになる。

つぎに原告本人小林金造の陳述によれば、原告主張の(二)(1)の(ロ)の事実を認めることができ、その他本件事故に関する諸種の事情を綜合すれば、右原告両名の求め得べき慰藉料は各金五万円をもつて相当とする。

よつて右原告両名は被告に対し各合計金六十三万四千三百五十円の支払を求め得べきところ、すでに金輝の死亡による労働者災害補償保険遺族補償費として被告から各金二十三万八千六十五円の支払を得ていることは当事者間に争ないから、右金額を差し引けば、結局原告等は各金三十九万六千二百八十五円の支払を請求できるのである。

(二)  原告千葉種蔵、同千葉リサの分

当裁判所は成立に争ない乙第二号証の一、証人日高甚次郎の証言を綜合し、千葉善四郎が本件事故当時黒沢辰之助方にて得ていた一ヶ月の平均収入は金一万千円と認定する。同人の生活費は収入の七割とみるのが相当であるから、一ヶ月の純収入は金三千三百円年間金三万九千六百円である。また同人が昭和九年五月十八日生であることは当事者間に争なく、証人日高甚次郎、千葉善次郎の各証言によれば、千葉善四郎が事故当時普通健康体であつたことが認められ、同人の可働可能年数がなお四十一年あることは当裁判所に顕著な事実である。よつて千葉善四郎が事故後四十一年間に、若し事故がなかつたら得べかりし純収入を、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を差し引いて計算すれば、合計金八十七万三十一円余となることは算数上明らかであるから、同人は同額の損害を蒙つたことになる。しかして原告千葉種蔵、同千葉リサが平等の割合で右千葉善四郎の債権を相続したことは当事者間に争ないから、右原告両名はそれぞれ、被告に対する金四十三万五千十五円の債権を取得したことになる。

つぎに成立に争ない甲第三号証、証人千葉善次郎の証言を綜合すれば、原告主張の(二)(2)の(ロ)の事実を認めることができ、その他本件事故に関する諸種の事情を綜合すれば、右原告両名の求め得べき慰藉料は各金五万円をもつて相当とする。

よつて右原告両名は被告に対し各合計金四十八万五千十五円の支払を求め得べきところ、すでに善四郎の死亡により労働者災害補償保険遺族補償費として被告から各金十七万六千五百二十円の支払を得ていることは当事者間に争ないから、右金額を差し引けば結局原告等は各金三十万八千四百九十五円の支払を請求できるのである。

よつて原告等の本訴請求は、各右金員及びこれに対する、本件事故の翌日である昭和二十八年十一月十三日以降右完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条第一項を適用し、なお本件は仮執行の宣言をなさないのを相当とするから、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉田洋一)

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